20210821
ここ数年で生理が劇的に軽くなった。年をとるのはいいもんだと思った。
老いるのが怖かったんだけど、実際年を食ってみるとわたしにはババアの方が向いているような気がしてくる。
若い時は若いというだけで気を遣ってくれた大人が「まだまだこれからだね!」的なお世辞を言ってくれるので、若いだけで全くキラキラしていない自分には負担だった。
自分も他の人みたいにキラキラ充実しなければいけないと思い込んでいた。
周りの大人というか、親の「普通のこどもになってほしい」という言外の期待に応えるために必死だったことが今ならわかる。当時は自覚はなかった。
親の期待から外れると無視されたり人格否定されたり馬鹿にされたり。あと陰口言われたりするので、当時の自分にとっては死活問題だった。
でもどうしても親の期待するような子どもになれなかったので諦めた。そこから少し生きやすくなった。
期待に応えるのをやめたので取り繕う必要がなくなった。友達を作らなければいけないのも恋愛や結婚をしなければいけないのもわたしにとっては他の人もやっているからでその基準を満たせば親に否定されなくなると思っていたからだった。
年々生きづらさが減ってきている。
いろんな人並みを諦めてあれにもこれにもなれないことがわかった今の方が、未来に希望が持てる不思議。
歳食うにつれて何も期待されなくなってきてどんどん生きやすくなってきた。
わたしに期待していた親から離れた。わたしも自分自身に、やりたくもないことを期待するのをやめた。
それに自分には「あの頃はよかった」と思えるような輝かしい青春時代が一切ないので、特に戻りたい日々がないのだ。どの時期にも二度と戻りたくない。強いて言うならストレスがない今が一番マシ。
若さを失っていくけど元からブスなので落差がないしね。ちやほやされることも若くて得したことも多分人よりは少ない。
わたしが世間や他人から強制されているように感じてしんどくなっていたことは、全て自分自身が内面化して強迫観念を抱いていたからだった。なので社会が変わらなくてもわたしの期待と違ってても今は大丈夫。
現状も十分快適なのだけれど、これから老いればもっと世間がほっといてくれるだろう。だからこれからどんどん生きやすくなってくるかもしれない。
いわゆる孤独な独居老人になるのが怖かった。ふわっとしたイメージで。
でも案外いけるかも、わたしの場合。
今の生活がほぼ孤独な独居老人だけど、これがかなり快適なのだ…。こどもの頃からずっとぼっちだったので孤独耐性が異様に強くなり、一人で延々と遊んでられる。
普通に家事してるだけで楽しい。特に自炊はお手軽に幸せになれる。
本を読んだり創作したり、たまに猫触りに行ったり。なにより好きな仕事してるし。
お金の問題とか色々あるかもしれないけど、それもきちんと情報収集してリテラシーを付けていけばある程度は対応可能だと思えてきた。日本は福祉が充実しているらしいしね。
そんな感じでババアになるにつれなんか生きていけるような気がしてきた。今まで生きていけるような気がしていたことなんてなかったので大快挙だ。
去年の今頃は死ぬことしか考えてなかったんだけどな。未来に希望が本当に一切持てなくて将来の目標とか夢も怖くて持てなかったから、はやく死にたかった。
今も落ち込むとたまにそう思うけど、かなり安定してきたと思う。
家族と縁切ってからどんどん健康になっていく。正直ここまで回復すると思ってなかったから自分でもびっくりしている。
目標は猫が好きなので、猫を飼うこと。猫と暮らしたい。
猫と暮らすためには未来について考える必要があって二の足を踏んでいたのだけど、自分の将来にも向き合う覚悟ができてきたからまた一歩前進したと思う。
まずはしっかり自分の人生を安定させていくこと。
そのために、生き延びるための情報収集をしてリテラシーをしっかり身に着けていくこと。特にお金のこととか税金の知識とかかな、今の自分に必要なのは。精神面でのセルフケアはこの1年でかなり上達したと思う。
それと、自分のアダルトチルドレン的な部分の治療をこれからも進める。自分に対して優しくなりたい。
親に認めてもらえなかったことをずっと引きずって根に持っている。でも他人は変えられないので、これからも幼少期に欲しかった無条件の愛情が親から与えられることはない。
他人がしてくれなかったことにフォーカスを当ててると他人が変わらない限り自分は救われないことになる。親は変わらないので、このままではずっと救われない。
なので親は認めてくれなかったけど自分で自分を認められるからよい、という状態に持っていきたい。これからは親にしてほしかったことを自分にする。
親にされて嫌だったことを他人にしてしまったり、親の嫌いな行動パターンが染みついてる。それもやめたい。他の生き方ができるはずだ。